Cinematic Eyes

名古屋・浜松の映像・写真・デザイン・WEB制作

Profile

森川有栄

Cinematic Eyes 代表
Photographer
Videographer
GraphicDesigner
ラジオパーソナリティー

写真・映像・デザイン・web全てをこなすクリエイターとして活躍中。
ラジオパーソナリティーやミュージカルの舞台にも出演。




Profile

死んでから売れる人

幼い頃から絵を描くことが好きだった私は、高校生の頃、将来は何をやろうと考えた時に思いついたのがデザイナーでした。
デザイナーといっても色々な分野がありますが、感覚的にはグラフィックデザインを意識していました。
そしてデザインの専門学校トライデント・スクール・オブ・デザインへ。
しかし、応募が遅かったせいか、グラフィックデザイン科ではなく、工業デザイン科に入ることになり、
平面ではなく立体的なデザインを考えることに。
そこで生み出す、奇抜な形状のデザインは機能性を踏まえて考えなければいけない工業デザインでは全く評価されず笑
ゲルマン先生(ドイツ人顔の日本人だった笑)や同級生には「死んでから売れる人」と称賛?されました笑
そして、デザイン部がある一宮市にある看板制作会社に就職しました。


いきなりの挫折

専門学校を無事に卒業し、内定を頂いた会社への初出勤日で事件は起きました。
面接当時に何度か顔を合わせていた、デザイン部の部長始め先輩方が誰1人見当たりません。
不審に思い、僕の教育係になった先輩に聞くと信じられない言葉が!

「デザイン部は昨年末でなくなって皆、辞めちゃったよ」

すぐに社長に経緯を確認しましたが、もともとデザインに興味がなく、
板金をやるのが好きだったという意味のわからない話や、デザイン部は大きな失敗をしたなどと、
同情を買うようなことを言ってくるばかりで全く話になりませんでした。
こうして、私のデザイナーとしての第一歩は脆くも崩れ去りました。
目的がないのに続けるのは無理で、その会社は4日で辞めました笑


デザイナーから鳶職人に

その後、デザイナーとして広告代理店で働きながら将来のビジョンを考えていました。
ある時、知り合いから電話が。鳶職の仕事を一緒にやらないかというお誘い。
パソコン仕事をしている人間からすると、現場仕事は畑違いすぎて全くやる気はありませんでした。
しかし「森川君には無理かな!?」という言葉に僕の負けず嫌いさが見事に発動笑
「やってやるよ!!」となり、約1年間、鳶職を経験しました。

その仕事は、山道などにある落石防止のフェンスを取り付ける仕事でした。
その現場は過酷で、2週間ほど長野や群馬の山中に滞在して作業をしたり、
冬には石川県の山中で納期がないからという理由で雪が降る中でも雪山で作業したり、
標高100mくらいの崖の上で作業したり。ロッククライミング的な感じでした。
私はもともと高い所が得意だったわけではありませんが、そこまで経験するともう平気になりました笑

正直、一歩間違えば死んでたなという怖い体験もしました。
あの時あの手を離してたら真っ逆さまに落ちて死んだなと今でもゾッとします。

現場仕事も一通りできることが確認できたのと、いつまでもできる仕事ではないこともあり、1年経って辞めました。
他の組の、キャリア20年くらいの職人の方々が親方以外、独身だったので!
これはモテないなと笑 
結婚したかったので笑


カメラとの出会いが人生を変える

鳶職を経験後は、またデザイナーへ戻り、いくつかの会社を転々としました。
そして、2014年。人生を変える大きな転機が!
そう!カメラとの出会いです。女性ではありません笑
既に結婚してました。

実は私はその時までカメラを持ったことがありませんでした。
コンデジも持っていないし、一眼レフって何??という全く無知な状態でした。
そんな私が独学で必死に勉強し、プロカメラマンとして活動しているのですから人生は面白いですよね。

カメラに関わるきっかけは【音楽】でした。
当時、在籍していた会社に若いアマチュアバンドのライブ映像の編集依頼が来ました。
その会社はデザイン制作会社ですが動画事業に進出することになったばかりの頃でした。
そこに初めての動画編集案件。

誰も動画編集は経験がなく、そもそも動画事業にノリ気でない人ばかり。
たまたまその話をしている所を通りかかった私は新しいことへチャレンジしたいと考えてたので
自分から「俺がやる!」と言ってやることになりました。
実はその当時、デザインだけではこの先難しいだろう、何かもうひとつ武器が欲しいと思っていました。
そこで3Dを自主的に勉強していたのですが、なかなか難しいと苦戦していました。
そこへ現れたのが動画の世界。こちらの方がすぐにできる気がすると直感で思いました。


師匠はGoogle先生

周りに誰も教えてくれる人がいなかったのでGoogleを使って調べました。
使用したのはAdobe PremiereProとAfterEffects。
当時、私は管理職でしたのでチームの仲間に経緯を説明し、デザイン業務は皆にやってもらい、編集作業に集中しました。
そして、なんとかDVDのオーサリングとパッケージデザインもし、商品として納品。
この時から写真も動画もデザインもできる、今のスタイルができていました。

次に依頼が来たのはミュージックビデオの編集でした。
ライブ映像の際もそうだったのですが、他人が撮った映像の編集はとてもストレスが溜まりました。
撮り方が気に入らなくて笑 これは編集マンは皆そう思うことだと思います笑
自分が最高だと思っているので笑
ただ、当時の私は全くの素人。
それでもその映像素材では作品として足りないと思った私は
「この素材だけではいい作品ができないから撮影させてほしい。」とクライアントに頼みました。
撮影と言っても自分も素人だったのでうまくいかなかったりしました。
でも元々がデザイナーです。「制作物に妥協をしたくない。」その姿勢は素人でも持ってるものです。
そしてなんとか完成して納品しました。

その時に私はこう思いました。
「いつか自分が脚本も撮影も編集も全部やった作品を作りたい」
そしてそれは、その僅か数ヶ月後に実現しました。


SNSで人気のライブカメラマン

当時、私はweb配信の音楽番組をやっていました。
「B.S.R.石川徹のミュージックPANPOT」
https://www.youtube.com/user/MUSICPANPOT/videoshttps://www.youtube.com/user/MUSICPANPOT/videos

オープニング映像も私が作りました。当時の私も映っています笑
今よりも顎ラインがシャープです笑
そのご縁で、シンガーソングライター・TO-YA(高瀬統也)の「ありがとうの日々」MVを制作することに。
私自身、初監督作品でした。使用機材はGH4と単焦点レンズ1本のみ。最小機材です笑
脚本を書いたのも初めてでした。
ストーリーを描きすぎて曲の尺に収まらず、アーティストの歌うシーンが入らないという話にも笑
ちゃんと入れましたけどね笑
それをyoutubeやTwitterで公開したところ、多くの高評価をいただき、
Twitterを通じていろんな方から撮影依頼をいただくようになりました。
MVだけでなく、ライブ写真、アー写など、音楽系カメラマンとしての仕事をどんどん手がけるようになり、
本職はデザイナーでありながらも、カメラマンとしての実績や信頼も得るようになりました。
名古屋の若手バンドの撮影、森川さんがほとんどやってますよね」と言われたり。
実際はそうでもないのですが、そういう印象を持たれていました。
何事も演出することの重要さ、同じものも演出の違いで見え方が変わることを私は知っています。


やりたいことをやる人生に

音楽の撮影以外にもブライダルの撮影などもやるようになり、
私の中でカメラマンとしての活動や意欲がどんどん高まってきました。
そして会社でハウスメーカーのチラシ制作、プライベートで音楽撮影、ブライダル撮影、
3つ仕事をしている期間が2年近くありました。この頃は時間的な意味でオフがほとんどありませんでした。

それが、そのうちだんだんモチベーションバランスが保てなくなり、
どうしても自分の仕事を優先したいという気持ちが高まってきました。
ただ、この先の長い時間を考えた際に、会社員でいることへの将来性と独立して成功する可能性を考えた際に、
明らかに後者の方が可能性もあり、また、自分の努力次第で人生は変わることから独立することを決めました。


属性がないのが最大の武器

独立のきっかけは「写真も動画もデザインもできる会社がなかった」ことが大きかったです。
大きな会社であれば、部署がそれぞれあると思いますが、
それでもどこかに配属になってしまいますし、小さな会社では3つも展開してるところはありません。
僕はどれもバランスよくやりたかったので、どこかに属するのは違うなと思い始めました。
ないものは自分で作ればいい」精神ですね。
ある意味どこにも属せない自分が、自分で事業を立ち上げるとこれが【最強の武器】になります。
既存の枠にとらわれて生きる必要はない、ないものは自分で作ればいいと思います。


父親として魅せる背中

実は私には2人の可愛い子供がいます。独立した際にはもういました。
普通で考えたら、結婚して子供も2人いるのに独立するなんてありえないことかもしれません。
でも僕は自分の生き方に嘘がつけないことと、必ず成功するという根拠のない自信、
子供たちが大きくなった時にやりたいことをやらせてあげられる環境を今から作っておきたいというのがありました。

私が一生懸命働いたり、楽しんでる姿を見て、
子供たちにも自分の夢などに向かって努力してほしい」
自分で切り開いてほしいという願いを込めて。


個性を磨くことが大事

2018年3月にCinematic Eyesを立ち上げました!
そしてそれまで音楽やブライダル中心だった撮影案件も、企業案件にシフトチェンジ。
すぐにはなかなか大きな案件は取れませんでしたが、僕自身のProfileMovieを制作・公開したところからいい流れに。

この動画を見て、企業の社長さんなどから弊社のPVも制作してほしいという話が殺到!
映画予告編的な構成やシネマティックなBGM、カラーグレーディングが他との差別化になりました。
自分がかっこいいと思って作ったものが評価されたのは本当に嬉しかったし、自信になりました。
そこからは企業PV、プロフィール写真、幼稚園写真、ブライダル映像・写真、音楽の宣材写真、
ライブ写真、MVなどあらゆるジャンルの写真と映像とデザインに携わっていくようになりました。


歌って踊るカメラマン

2019年3月に人生初のミュージカルの舞台にキャストとして出演しました!
場所は何と!浜松アクトシティー大ホール!!3公演1500人SOLD OUT!!
具体的にはコモンビートというミュージカルです。ここで多くの仲間との出会いがあり、
公演が終わった今でも交流が続いていてしょっちゅう誰かしらとご飯行ったりしています笑
私は元々音楽はギターを少しやってバンドも少し経験したくらいで、ダンスは無縁でした。
ミュージカルも観たことがなく、初めてのミュージカルが舞台上でした笑
そして、9月には名古屋公演にも出演し、名古屋市公会堂で激しいダンスを踊りました笑
このプログラムに参加した理由は、人と違ったことをしたいというのと、人脈を広げたいでした。
参加して知ったのですが、多様性や全員主役という考え方がとても共感できたのでこれからも関わっていくと思います。


ラジオパーソナリティーへ

2019年11月より、インターネットラジオ・ゆめのたね放送局でパーソナリティーを務めることになりました。
「いつだって主人公は君と僕」東日本チャンネルで毎週火曜日24:00~24:30放送です。
https://www.yumenotane.jp/syujinkouhakimitoboku

以前からラジオなどのメディアに興味がありまして、
ゲストで一度出させていただいたご縁からパーソナリティーになりたいって話をして今に至ります。

自分のメディアを持つことはとても重要です。
私は話すのが好きなのでよくいろんな人と語ったりしてることが多いのですが、
その際に一緒にいる人がとても素敵な想いを持って何かを頑張っていたり、
そういうのをもっと世間に広めたいなっていうのがありましてyoutubeもいいんですが、
ラジオという媒体も声だけでお届けすることができるのでいいなと思い、活動しております。


事業にかける想い

僕はなぜ自分で事業を始めたのか、よく考えることがあります。
デザインしたり、写真や動画を撮ってること自体が大好きです。
それはそこに必ず
「誰かがいて、そこに大切な想いがあるから」
僕はその感動や事実、そこにあるドラマなどをカタチに残していくことで、
世界はもっと繋がる、ココロはもっと繋がるんだと思っています。
例えば、普段はあまり会話をしない親子がいたとして、
それぞれにどう思っているかを語ってもらう映像などがあったら?
それをお互いが見たとしたら、昨日までとは違う親子関係ができるのではないかと思います。

人の人生には色々な節目があります。
誕生、お宮参り、1歳、七五三、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、
成人式、結婚式、出産など。そこには写真や動画を撮る方も多いと思います。

でもそれ以外の日々にも輝いてる瞬間は多くあります。
人生の中で、言葉や想いを交わすことは覚えられないくらいたくさんあるはずです。
誰しもいつまでも一緒にいられるわけではありません。
でもそこには思い出という記憶が残ります。
でもそれは頭の中にだけあるもので他人と共有したり、未来へ持って行くことはできません。

例えば、子供の立場からして、若い頃のお父さんお母さんの写真や動画を見れるのは嬉しいと思います。
学生時代からの友達と大人になっても当時の動画や写真を気軽に見れるのもいいですよね。
youtubeを通していつでも観れる今の環境はすごいなと思います。
僕がこの5年間で撮影した写真や動画もSNSやyoutubeに投稿されています。
https://www.youtube.com/channel/UCAGK2eltnpU0sn5_OLQ84ug

また、企業などの商売にも動画や写真は必須です。
私は企業PVなどを多く手がけており、2019年にはイオンタウンのTVCMも制作しました。
集客をするにも人材を確保するにも特に動画は有効ツールとなっています。
私には現在大学生の友人も多くいますが、就活においてホームページだけでなく、
動画やSNSなども判断基準のひとつになっています。

Instagramには私が仕事で撮影した写真が投稿されています。
https://www.instagram.com/allie.onsatto/

動画は特に、「人の想いを伝えられる最適なツール」だと思います。
私はこの5年間、多くの方を撮影し、いろんなドラマを見てきました。
これからもより多くの方の人生にスポットライトを当てた撮影をしていきたい、
その方の人生をドキュメンタリー映画のように残したい。
そしてその方々が今よりももっと素敵に輝くように、
写真や動画で、そしてそれらをデザインしていくことで
人生にメリハリをつけ、輝く瞬間をカタチに残したい。と考えています。

あなたの輝く瞬間を、私と一緒にカタチに残し未来に伝えませんか。


物語の主人公のようにあなたを輝かせる。
Cinematic Eyes
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